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もう父は煙草を吸わない

今週のお題「おとうさん」ということで。


物心ついた頃から「おとうさん」と呼んだ記憶がない。「父」と呼んでいる。もちろん変だと思っているけれど、もう一生このままだと思う。

どうしてかというと、保育園の年長〜小学校1、2年生あたりの(早くも)多感な時期に、父親が嫌いになったのだ。早すぎる反抗期…だったのかな?とにかく目も合わせないし二人きりになりたくない、父のあとにお風呂に入りたくない、など。ひどい。

今思えば、まだ小さくて(普通なら)可愛い盛りのこの時期に、娘が目も合わせてくれないなんてさぞかし残念だったと思う…。なぜそうなったのか全く覚えていない。この幼い反抗期的なものの直前はむしろ、トトロみたい!とか言って慣れ親しんでたんだけどな。どうしてだろう。

とにかくその頃から「おとうさん」と呼べなくなって今に至る。(私自身かなり問題の多い娘ではあると思う。)

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あとは、小学校高学年の頃。ヨーカドーにCDラジカセを買いに行くという約束をしていた日、父がギックリ腰になった。

反抗期ほどではなかったけどコミュニケーションがスムーズでなかった私たち。父は相当痛がっていたけれど、無理をしてヨタヨタとラジカセを買いに行ってくれた。

しかも自転車で。


そう、我が家には車がなかった。というか免許を持っている人がいなかった。父は50代で初めて免許をとった。それまでは家族全員が自転車移動だった(もちろん一人につき一台なのでずらずら縦に並んで走る)。

これは父と関係のない話になるけれど、車がないから風邪で学校を休んでも母親と二人で自転車縦並びで病院に行っていた(田舎なので歩ける距離ではない、かといってド田舎でもないので自転車で行ける)。その状況を学校の先生に見られたりするのはすごく気まずかった。「ズル休みじゃないんです。車がないだけなんです」と言いたくてしょうがなかった。

別に、貧乏で車がなかった…というわけでもないんだけど、なぜうちの両親は免許を持っていなかったんだろう。理由を聞いたことがない。世代なのかな?

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そして最近の私にとって最も衝撃的だった父のエピソード、それは、父が煙草をやめたことだ。

父はおそらく50年くらいずーっと煙草を吸っていた。いくら言っても禁煙する様子など微塵も見せたことがなかった。東京に出た息子たちが続々と禁煙するのを見ても、なんなら「弱い男どもだ」という感じで馬鹿にしていた。一緒に旅行すれば必ず要所要所で「ちょっと」と言って煙草を吸うのでイライラさせられたものだ。

そんな父が煙草をやめた。パッタリと、ある日を境に。

なぜか、というと…

ここでまた母親のエピソードと同じネタ(?)の使い回しになってしまうけど、父の煙草の不始末が原因で家が燃えたからだ。

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我が家は木造の、当時(というか去年)築40年程度のごくごく普通の一軒家だった。父は、ちょうどその直前に職場を退職し、本やパソコンなどをごっそり持ち帰り、もともとの子供部屋を書斎にして自分の仕事をしていた。

そこから出火した。たぶん煙草の日が灰皿の中で消えておらず、風になびいたカーテンに火が移ってしまったのでは、ということだった。

当然、彼の蔵書が最もひどく燃えた。ある意味燃料になってしまった。火事の直後には周辺の道路に燃えかけたページがたくさん散っていて本当にマンガのような状況だった。

で、彼の談によるとその蔵書は今では手に入らない貴重なものも多く含んでいて、一千万円ぐらいの価値があったとかなかったとか。

ショックは計り知れなかったようで、以来いっさい煙草をくわえていないらしい。


これには本当に驚いた。

人間というのは、弱い生き物というべきか強い生き物というべきか、そういう衝撃ひとつで長年の習慣、しかも煙草のような強力な依存性をもつものを断ち切れるんだと初めて知った事件だった。


結局その後、家はすぐ再建し、父のためにこぶりな書斎がつくられた。前より環境は良くなったぐらいだ。しかしもちろん本は激減した。

火事のあった次の日の夜、みんなで寿司を食べていたとき(なぜこういうときは寿司なのか)に父が「まぁ、もう一度いちからやり直しだな」と言った。

その時は、やっぱり図太いなこの人は、と思ったものだけれど、一年経った今も煙草を吸わないところを見ると相当傷ついたんだろう。傷ついている自分を慰める発言だったのかもしれない、と思うとなんだかやりきれない気持ちになった。


せっかくつくった書斎だから、あと10年ぐらいは使ってくれるといいなと思っている。その間に今までできなかった親孝行をできるだけしなければ。



(ちなみに母は、父の蔵書が全焼したのに対して、自分の大切なグランドピアノと着物などがまったく燃えなかったということで寿司を食べながらもかなり興奮していた。まったくやれやれである)





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