ここではない、どこか遠いところ

旅行記と、日々考えること

惜しみなく旅をさせてあげられる人になりたい

今週のお題「おかあさん」ということで。


母という人間を象徴する言葉は「忍耐」だと思う。

母は、私を含めて4人の子どもを育てあげた。何をされてもカッとなった所はあまり見たことがないし、子どものワガママにも寛容に対応してきたし(今もなお)、さらにはちょっと短気な夫に対しても常に自分が我慢する側だったはずだ。

そんな母が本気で怒った時のことをよく覚えている。


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小学校高学年の頃。少女マンガの影響を受けた私が「テニスを習いたい」と言い出し、無理言って習わせてもらうことになった。そのテニススクールは家から自転車で20分くらいの所にある(ちなみに硬式テニスのマンガだったので必然的に硬式テニス)。毎週土曜日に通うことになった。

学校でもやったことのないテニスは、楽しかった。ラケットのどっしり感もボールのケバケバした感触も想像通りで、子どもながらにオシャレだなぁなんて思いながらやっていた。基本的にイメージ重視の性格だ。

でも、元来運動神経の悪い私にテニスはかなり難しく、友達もうまくつくれず、最初の1、2ヶ月を過ぎるとだんだん通うのがおっくうになっていった。


ある土曜日、テニスをすっぽかして友達と動物園に遊びに行った。土曜日は習字もあったのに、そっちも合わせてすっぽかした。わざわざテニスと習字の道具を持って家を出て、友達の家にいったん荷物を置いて、自転車で30分くらいかけて(田舎では珍しくない距離)、市営の動物園に行った。

思いっきり遊んで夕方帰ると、母は激怒していた。

猛烈に怒られた。

後にも先にもあんなに怒られたことはないと思う。


この時母が怒った理由を「自分から習いたいと言ったくせにテニス(と習字)をすっぽかして遊びに行ったから」だと、つい最近まで思っていた。

なんて脳天気な脳みそだろう。


今なら当然わかる。心配で心配でたまらなかったのだ、と。

テニススクールにも、習字教室にも、聞きに行っても今日は来てないと言われたらしい。もしかして誘拐されたかもとか、事故にあったかもとか、死ぬほど心配したに違いない。

本当に悪いことをしたなぁと思う。


こんな簡単なことが最近までわからなかったような鈍感な性格だから(短気で鈍感で謝るのが下手なところは父に似た)、きっと覚えていないだけで気苦労はもっともっとたくさんかけたんだろう。


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最近になってようやく「可愛い子には旅をさせよ」の言わんとすることを理解できるようになってきた。

何を当たり前のことを言って。と、以前は思っていたのだ。

自分が「旅をさせられる側」だったので、「旅をさせる側」の心理というものが全く理解できていなかった。


グアテマラとメキシコに一人で行きたい、と言われたら、普通の親なら「危ないからやめなさい」と言いそうなものだ。でもうちの母は(父も)、そういったことをほとんど言わなかった。大したものだ。テニスや習字から半日帰ってこないだけでもあんなに心配したんだから、心配じゃないわけではなかったと思うのだ。


正直言って私は、自分の子、特に娘が中南米を長いこと一人でウロウロするなんて言い出したら、止めない自信がない。心配でたまらなくて、やんややんやと口を出してしまいそうだ。


わが子を信じて旅に放り投げれるような強い心が欲しいなと、思う。自分が親に与えてもらった機会を、同じだけ(もし生まれたとしたら)自分の子に与えてあげたい。それができるようになるためには、もっと心を鍛えなければ。

そして、子どもが何をしていようが気にかける暇もないくらい、自分も充実した日々を送ることが案外重要なのかなって思っている。


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実家が昨年の夏、火事にあった。あった、というか…父の不始末で生じた火事なのだけど。周囲に延焼しなかったことと人的被害がなかったことが不幸中の幸いだけれど、家は住める状態ではなくなった。

火事が起きた当日、まだ動転していた私に対し、電話の向こうの母が「家を建てようと思っている」と言ったのには驚いた。もう齢七十をすぎていて、普通に考えればわざわざ今から新築しなくてもマンションに住むとか借家とか子供と一緒に住むとか、選択肢はいろいろあるだろうに、そういう話は二人とも聞こうとしなかった。この土地を離れたくない、そして地面に近い生活がしたい、というシンプルな理由だった。

…で、一年も経たずして、実家は再建された。年齢のわりに恐ろしいエネルギーと決断力だ。

新しい家を建てるとなって、母は心なしか活き活きしていた。一般的な価値観ではもう人生も終盤という年齢。なのに、これからの住まいを考えてキッチンがどうとか玄関がどうとか事細かに検討する母の姿は、老いを感じさせない。

彼ら(両親)には、人生に対して何かしらブレない価値観があることと、毎日を妥協せず生きていることが感じられて、なるほど充実しているんだろうなぁと改めて思わされた出来事だった。


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やりたいことを我慢せずにやって、後悔しない人生を生きて、もし生まれたら自分の子どもにはできるだけ旅をさせてあげたい。そんな風に思わせてくれる自分の父と母には、本当に感謝している。



▷メキシコのグアナファトにて


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