ここではない、どこか遠いところ

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ある日、一変してしまう人生|『アンダーグラウンド』村上春樹

2001年9月11日。ニューヨークでテロ事件が起きた時、私は14歳でした。

あの日のことは今でもありありと思い出せます。学校から家に帰ったら居間のテレビでずっとテロ関連のニュースが流れていて、そのテレビを眺めていたらまさにその時、ビルに飛行機が突っ込んだのです。

(!!??)

青い空を背景に直立するビルに機体が刺さり、すぐさま炎と煙が上がる。「オーマイゴッド…」と力なく漏らすアメリカ人キャスターの声。映像がリアルタイムの、現実の出来事だとは受け入れられず、「どうしよう映画みたいなことが起きている」とひどく戸惑った感情を覚えています。その後の人生で同様の経験は唯一…2011年3月11日、東日本大震災の津波の映像をテレビで見た時だけ。


それに対して1995年3月20日の地下鉄サリン事件のことは、当時8歳という年齢のせいもあってほとんど思い出せません。とても衝撃的な事件だったらしいこと、オウム真理教が世間で非難を浴びていること、指導者の麻原彰晃らが幾度となく法廷に立たされていること。正直に言ってどれも対岸の火事のようで、彼らに対して「憎しみ」「怒り」などの感情を抱くきっかけがありませんでした。NYのテロや東日本の震災でリアリティを抱けなかったのとは別の意味で、単純に歴史上の出来事に近い対象として見ていました。

あえて言えば、新興宗教という”くくり”や麻原の外見からして「気味が悪い集団だな」というイメージでした。


そのような中で突然(事情を知る人にとっては突然でなかったかもしれませんが)、オウムの実行犯ら13人が死刑になったとき、

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この記事にも書いたように、世間が「死刑にしてくれてよかった」と安堵に胸を撫で下ろし、さらには強い達成感をも抱いているのを目の当たりにし、「なぜそんなにも人々は死刑を望んでいたのか?」「一体このオウム真理教というものは、地下鉄サリン事件とはなんだったんだろう?」と、すごく不思議な心持ちになりました。

地下鉄サリン事件=5つの事件の集合体

この本には、地下鉄サリン事件で直接あるいは間接(被害者の親族として)の被害を受けた62人の証言が、インタビュー形式でまとめられています。インタビュアーは著者の村上春樹氏自身。

事件が起きたのは地下鉄の千代田線、丸ノ内線、日比谷線。それぞれの路線ごとに…いや正確には「実行犯ごと」に章が分けられています。この事件に直接関与したのはオウム真理教のうち10人の信者で、実行犯(サリンを実際に撒いた)と運転手役の2人がペアになって行動し、それぞれ別の列車に対して犯行を起こしました。その5つの「ペアごと」に章が分類されている、ということです。

こうして章が分けられた結果、ほぼ同時刻に行われた犯行とはいってもそれぞれにサリンの広がり方の程度や電車の混み具合、駅員の対応や乗客の反応など、かなりばらつきがあったことがわかります。例えば、他の実行犯4人が袋2つ分ずつのサリンを撒いたのに対し、林泰男が撒いたのは3つ。結果としてこの車両が最も多い被害者を出しました。

だから、実際には5つの事件の集合が「地下鉄サリン事件」だった、とも言い換えられるのでしょう。(なお、実行犯の5人中4人と運転手役5人のうち2人の死刑が2018年7月に執行され、残りは無期懲役となっています。)

6,300人以上の1日だけでなく、人生を変えた

インタビューでは、被害者一人ずつの生い立ちや仕事など「事件に直接関係のない事柄」から聞き始め、徐々に当日の話に移っていく、という形がとられています。基本的には一人一回のみのインタビュー。自然な文体でするすると読めます。

すべて読み終わってまず思ったことですが、被害者の数がここまで多いとは恥ずかしながら知らなかった。負傷者は約6,300人と発表されていますが、家族や会社関係者なども含めると影響を受けた方はもっともっと多いということになるでしょう。

インタビューで語られる事件の臨場感には凄まじいものがあります。特に最初の章、霞ヶ関駅の駅員さんやその周囲にいた方々の語る言葉は、同じ事件も複数人の視点から見ると全く違って見えることに驚きますし、亡くなられた駅員さんの仕事への姿勢が素晴らしく…余計に残念な、悲しい気持ちになりました。

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この本でインタビューを受けている方の症状の程度は様々です。軽めの症状が出ただけで翌日からは仕事をしていたという方もいますが、中には、重度の後遺症が残ってほぼコミュニケーションの取れなくなってしまった方もいる。亡くなってしまった方もいる。

「軽めの症状」といっても、そのような方たちにも後遺症(と思しきもの)が見受けられます。例えば目が見えにくくなったとか、物覚えが悪くなったとか…「サリンのせいなのか加齢なのかわからないけどね」という微妙な場合も多い。

「ひどい頭痛がずっと止まない」という方もいて、頭痛持ちの私は共感して辛い気持ちになってしまった。その大橋賢二さん(実名か仮名かは不明)はこんな風に語っています。

でもたぶん、この私の気持ちはほかの誰にもわからないだろうと思います。ものすごく孤独です。これがたとえば腕の一本でも落ちていれば、あるいは植物人間にでもなっていれば、おそらく辛さをわかってもらえるのかもしれませんがね。
―P.172

肉体的・精神的な痛みに苦しみながらも、6,300分の1として片付けられてしまう”いち被害者”として、誰も自分の人生を保障などしてくれるわけもなく、ただ必死に生きてゆくしかない…。何の非もない人にこんな言葉を言わせてしまう事件。天災ならまだしも人災で、無差別テロ。やるせない感情がオウムに向くことは避けようがないだろう、と感じました。

なぜ?

誰もが思うはずです。「なぜ彼らはそんな事件を起こしたのか?」指導者の麻原はともかくとして、他の信者たちは何を思っていたのか?

オウムの幹部たちはよく、「一流大学卒のエリートがこんな犯罪に走った」という目線で片付けられます。世間的には、

エリート=頭が固い・生真面目=宗教にハマる

という構図がすんなりとくるのかもしれませんが、いろいろと話を読んでいると、

エリート=麻原の好みだから幹部になる=実行犯とさせられた

という構図が近い気がします。オウム真理教の信者がエリートばかりだったわけではないですし。そういう意味で、彼らもまた不幸な人たちではないかと思わざるを得ません。2人の同じような性格の人がいても、片方には学歴や専門的知識があり片方にはなかったとしたら、麻原は前者を幹部にしたでしょう(まぁ幹部ってそういうものなんだろうけど)。そして、幹部だからこそすべてを知り(知らされ)、実際に手を汚す人間となったとも言える。さらに言えば、だからこそ死刑判決が下され、死刑になった

豊田の心の中では当然ながらそれなりの葛藤があった。(中略)しかし、帰依する「尊師」からの命令に異を唱えることはできなかった。それはまるで、急な坂道を激しいスピードで転がり落ちていく車に乗り込んでいるようなものだった。そこから飛び出して、来るべき破局を逃れるだけの勇気も、判断力も、彼にはもう残されていなかった。飛び出してから行くべき「逃げ場」もなかった。
―P.290

当時27歳で実行犯となった豊田亨(のちに死刑執行)についての記述です。もっともこれは著者が書いた文章なのでどこまでが事実に基づいたものかは定かではありませんが、妙にしっくりくる比喩でした。

「それだけ頭がいいんだから、自分の判断で抜け出したり摘発したりすればよかったじゃないか」

となじることは簡単です。でも、集団の中の個というのはそこまで強い生き物でしょうか?

「将来有望なエリートなのに死刑にするなんて」とは全く思いません。別にエリートとか学歴とかは罪に関係ないし、どんな人にも生きる権利や罰せられる理由はあると思うから。けれど、自分で選んだ道とはいえ、最初は犯罪組織に入るためでなく心の拠り所を求めていただけなのに、あれよあれよと上り詰めて行き着いた先が転がり落ちるトロッコだった時……自分だったらどうすればいいだろう?と考えると、「死刑にしろ!」と簡単に言う気持ちには、どうしてもなれませんでした。亡くなってしまった方や苦しんでいる方、たくさんいることをこの本で知ってもなお…。というのが率直な感想です。

宗教というのは攻撃的な一面を突然持つ瞬間がある。それは歴史を見ても明らかですし、この瞬間にも紛争はあります。でも、宗教という存在自体は世界中で肯定されています。精神的拠り所として正常に機能していれば、人類に大きな益をもたらすからでしょう(個人的にはあまり宗教感がないのでわかりませんが)。だから宗教団体に入信すること自体の完全否定は難しいというのが私の意見です。


滑稽な集団と片付けるのではなく

オウム真理教の数々の犯行は、そして地下鉄サリン事件は、果たして死刑執行によって片付いたのでしょうか?

『死刑 その哲学的考察』のレビューでも紹介した以下の文章を思い出しました。

「気持ちがおさまらない」のはなにも被害者やその家族だけではない。多くの人にとっても死刑でなければ「気持ちがおさまらない」のだ。その証拠に、多くの人は「(死刑でなければ)被害者や家族の気持ちがおさまらない」といいつつも、犯罪被害者の家族をどう救済するのかという問題にはそれほど関心を示さない。(中略)つまりそこにあるのは、被害者や家族のためを思った死刑肯定論というよりは、みずからの処罰感情を「被害者や家族の気持ち」に投影した死刑肯定論なのだ。
ー『死刑 その哲学的考察』p.284

往々にして「死刑にしろ」と叫ぶのは直接関係のない人々であり、彼らは「死刑になった」という事実で満足してしまう。でも、本当の被害者の感情や問題の根っこは解決したと言えないのではないか……。


結局のところ「一流大学の医学部を出た優秀な医者が、なんでまたあんな馬鹿なことしちゃうのかね」とか「あんな醜い髭面の男に、いったいなんで女が惚れるのかねえ」とか、それだけの話になっちゃうんです。その切実さ、深刻さがまったく理解できていないんですよ。ただの笑い話にしかならないのです。
―P.246

これは、オウム真理教に殺害された坂本弁護士と交流のあった弁護士・中村裕二さんの言葉です。

私個人が以前抱いていた「気味の悪い集団」というイメージと同様に、彼らを「特殊な変異体」と見る人は多いと思うし、みなまさか自分がそちら側にいくとは思わないでしょう。言い方を変えれば、これらの事件は天災に近いものである、特殊な事件である、と認識している人が多いでしょう。でもそうではなく、犯行に走ったのは(エリートとかを抜きにして)普通の日本人であり、そういう犯行に走らせてしまった土壌が日本の社会にあるとは考えられないでしょうか?

大切なことは「死刑になった、あぁスッキリ」と一件落着にしてしまうのでなく、問題の本質を社会に探す意識ではないか。そこにある歪みの可能性から目を逸らしてはいけないのではないか。そんな風に、私は思いました。

懸命に生きる日本人の姿

最後に。

この本で結果的にサブテーマになっているのは「日本人がとにかくひたむきに、真面目に働いて生活している姿」だと思いました。

事件が起きた時間帯や路線の影響か、ほとんどの人が郊外からの通勤です。当時のラッシュアワーもなかなか殺人的だったみたいですね。しかも郊外からだと片道2時間かかるのが普通というような価値観…これには著者もビックリという感じ。

それは置いておいても、実はこうして無作為に「普通の人」の話を聞く機会ってあまりないんじゃないでしょうか。サラリーマンで製造業の営業さんだったり、自分で会社を経営していたり、駅員さんたちも…。みながみな揃って責任感が強く、仕事を大切にしている。父親であれば家族を守る意識も非常に強い。

うーん、日本人ってほんとうに真面目!

と、いい意味で知れます。無差別テロだから結果として無作為な人選になっており、なかなか貴重なインタビューだと思いました。

私は一人ひとりの人生に、また語られるひとつひとつの話に、あらいがたく魅了された。人間というものは、人生というものは、じっと目を凝らして見ていくとそれぞれにこれほど奥の深いものなのかと、あらためて感心させられた。
ーP.757

と、著者も述べています。

6,300人の傷を負った方々、そのご家族や関係者の方々、ひとりひとりにこれほどの物語がある。月並みな表現になりますが、100人いれば100通りの人生があるんだなと、この分厚い本を通して学ぶことができ感謝しています。

これだけの人が懸命に毎日を営んでいる日本に、明るい将来があってほしい。いや、あるようにしたい。

こちらもぜひ

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以下のレビューも投稿直後に大幅に追記しました。
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