ここではない、どこか遠いところ

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平成最後の秋


平成最後の秋が来た。2018年(平成30年)9月1日。

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土曜日はいつも早めに仕事を切り上げて帰るのだけれど、今日は珍しく、来週のためを思って仕事をできるだけ進めておいた。「早く帰りたい」という気持ちよりも、「ギリギリまで仕事を後回しにして最後に忙しくなるのが嫌だ」が優先された。

そんな日に限って、

最寄り駅のスーパーで買い物をして帰ろうとしたら、大粒の雨が降り出した。今年の夏はあまり降らなかった「ゲリラ豪雨」だ。

結果から言えば、仕事を早く切り上げて帰ればこんな目には遭わなかった。まぁそううまくはいかない。

しょうがないからカバンに突っ込んでおいた晴雨兼用の折り畳み傘を差す。しかしこの傘は「エアーライト」を語る代物で、空気のように軽い、つまるところペラッペラの小さく軽い傘(直径50センチしかない)。スマホよりも軽くてカバンに入れっぱなしにできる点がとても優秀なのだけれど、こんなゲリラ豪雨で身体を雨から守るという機能はない。

案の定、歩くうちに靴のみならずスカートまでビショビショになった。

でも、そんなことは気にならなかった。どうせ土曜日で、明日は日曜日。靴が水浸しになろうがスカートがグチャグチャだろうが、家に帰って安息が待っていると思えば、明日の休みを思えば、些細なことだ。

時折、雷も光った。音は鳴らず、光だけ。傘を差しているときの雷は、いつもドキッとする。でもこのエアーライト傘は骨が特殊な軽い素材で出来ているらしいから、雷が落ちることもないかな、などと勝手に思い込む。

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それよりも、平成最後の秋が始まる記念すべき9月1日がこんなゲリラ豪雨だったことを記録しておこう。

平成最後だろうと昭和最後だろうとそんなことを後々まで覚えている人はきっといない。「平成最後の夏だから羽目を外そう」みたいな理屈はおかしい。平成が終わって何か実質的な影響のある人は、天皇家以外でそうそう多くないはずなのだから。でも、その気持ちはわかる。適当な理由をつけて盛り上がってみたり記憶に残してみたいという気持ちは。2000年のときには散々「ミレニアム」と騒いだ。

とにかく、

平成最後の夏は、暑かった。

このことだけは多くの人の記憶に残るのではないだろうか。

最高気温36度と聞いても誰も驚かない夏だった。28度なんて「涼しい」というレベルだ。たくさんの人が熱中症の被害にあった。子供も、大人も。

このまま温暖化で地球が滅びるんじゃないかとか、将来的にはこの暑さが日常的になってしまい外の街を歩けなくて身体のまわりに冷房を流すスーツみたいなのを着続けなければいけないんじゃないか(その際にはモーターというか室外機みたいなものを背中に背負うのか)とか、宅配業者は遠くない将来すべてドローンなりロボットに取って代わられないと死んでしまうんじゃないかとか、そんなことを、私個人的には考えたはじめての夏だった。

「暑いですね」

ももう聞き飽きて言い飽きた。

この暑い夏に何を一番考えたかというと、実は「外国からの旅行客に申し訳ないな、暑すぎて可哀想だな」という感情が、なぜか一番大きかった。駅のホームに立っているだけで辛いような暑さだ。「昼間は用がなければ出かけるな」と上の人が言い出すぐらいの暑さだ。観光に来た旅行客はさぞかししんどいだろう……と、そればっかりを気にしてしまった。なんでだろう。

私の思い過ごしかもしれないけれど、外国人は以前より減った気がする。

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そして、平成最後の秋。

この9月1日から始まる秋がどんな秋になるか想像もできない。気象庁的には「まだまだ暑い日が続きますよ」ということらしいけれど。また、直近では「今年最強の台風」とやらが近づいているけれど(そう、今年は台風も多い)。

とか、ブツブツと口には出さず考えながらスカートをビショビショにしながら小さく無力な折り畳み傘を申し訳程度に差して、家までの10分間を歩いた。

途中、見慣れた道路が雨水に覆われ、街灯に照らされて白く光っていた。豪雨のことを思い出した。そう、地震、豪雨、台風と、自然災害の多い年でもある。

つい昨日だったか、30年以内に南海トラフ地震が80%の確率で起きるらしい、という話をしていた。


家に帰るといつものように猫が玄関先で出迎える。毎日のことなのに、今日も生きていた、とホッとする。元来心配性なので、猫に万一のことがあるんではないかと毎日考えてしまうのだ。

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放っておくと、ただのなんてことない一日で終わってしまう9月1日の夜を、しつこく書いてみた。

平成最後の秋がせっかく始まる記念に。