ここではない、どこか遠いところ

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曖昧なものごと

理由や白黒をすぐ求めてしまうのは悪い癖だと思う。

根本的に、すべての行動には理由がある、という思想を持ってしまっているので、疑問を抱くような(いいとか悪いとかでなく、なぜそうなのか?と理解がすんなりできない)行動に出会うと、まわりの人に「なんであの人ってああしたのかな?」と聞いてしまう。そして時にへんな空気になる。詰問したり責める気持ちはなく、単純に興味があるだけなのに、そのへんをなあなあにしておく思いやりがないと判断されるんだと思う。

そのせいか、きついと言われることもある。

きっと、特に日本では「曖昧」にしておく必要性ってのがすごくあるんだけど、なんだかそれが受け入れられずにいる。

「曖昧な状態」を、自分の中に飲み込む許容度がない。

たとえば「この人はなぜこうなんだろう?」と思ったときに、「この人はこういうタイプの人なんだ」と、結論を出さずに処理する。…ということが、できない。

「この人はこういう時はこうしたいんだな」ぐらいには細分化したい。

別にそれによって、行動を受け入れられる、というわけでもない。だから大して意味のないことだけど。


もっと、ものごとの曖昧さを許容できる人間に、なれないものだろうか。