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映画館で観る映画、本で読む小説がいい|『キネマの神様』原田マハ

どこにでもある構成、あぁ見たことあるなぁこの感じ、という小説だった。

全ての展開に予想外はなく、あまりに紋切り型で進むストーリー。なのになぜか続きが気になって一気に読んでしまった。そして気づいたら目がすこし潤んでしまっていた。

この後どうなるのだろう?

あぁやっぱりこうなった。

伏線もどんでん返しもない。それは言い換えれば期待を裏切らない、ということ。

水戸黄門で「この紋所が目に入らぬか」という台詞が必ずあって、その後必ず敵がひれ伏すように、読者がスカッとする展開を作者は心得ており、そこからあえて外れることなく進めているように感じた。(もっとも、原田マハさんの小説を読むのは今回が初めてなので、それが恣意的なのかはまだ判断できないけれど。)

※以下、読むのに支障がない程度の軽めのネタバレがあります。

ネット時代の定番サクセスストーリー

アラフォーで独身、大手企業でバリバリ働いていた主人公が、社内の不和により退職を余儀なくされる。映画好きの父親がふとブログに投稿した文章をきっかけに、主人公と父親が共に映画界に影響を与える存在になっていく。そこには不況にあえぐ出版社の愉快な仲間たち、老舗の映画館、海の向こうの謎のブロガー(?)の存在があり…。

ストーリーのワクワク感としては映画『サマーウォーズ』を彷彿とさせる。

サマーウォーズ

サマーウォーズ

この小説のメインの登場人物はそう多くない。主人公の家族、出版社の社員(全部で4人+α)、前職の関係者、老舗映画館の館長、謎の人物。それでほぼ全て。

でもこれだけの盛り上がりを感じさせるのは、インターネットのブログを介して一喜一憂する読者の存在がいるからに他ならないだろう。一読者の声は具体的に出てはこないし、人物として登場もしない。でも、ストーリーがただ単に登場人物の一喜一憂にとどまらず、全世界的に応援されたり援護射撃されていることや、ついにはネットという枠を超えて、アノニマスな存在だった読者が実際に映画館にまで足を運んでくれること。

これこそがネット時代の「なさそうで本当にある」展開だなぁと思った。

昔だったらとても長い道のりが必要だったり、かなりの強運でないと成し遂げられなかった「成功」が、ネットの後押しのおかげで、強運などなくてもタイミングさえ合えば叶う。それは机上のサクセスストーリーではなく現実に起こりうることだと感じる。

定型文のようなストーリーを現代に置き換えるとたしかにこうなるんだな、というシンプルなつくりは、文学というよりはエンタメに近い。

エンターテインメント型小説

個人的に、エンタメ性の強い小説があまり好きではない。だから「本屋大賞」に選ばれている本のように、ライトで読みやすいと思われるものはあえて敬遠するきらいがある。あまり軽い本を読んで時間を消費するのはちょっと勿体ない…というけち臭い思考回路なのだ。小説を読むなら何かズッシリと響くものが欲しい、と思ってしまう。

だからこの小説のあまりにわかりやすい展開に、途中で「読む価値がない本だった」と投げ捨ててしまいそうになった。それは具体的に言うと、主人公が出版社に入社して、社員が続々と登場してくるところのかなりありふれた描写を読んだ時だった。

でもそこから先、ブログ「キネマの神様」が始まると、なんだかページをめくる手が止まらなくなり、すぐに読み終えてしまった(正確には「ローズバッド」が登場したことで加速した)。

そして。

この小説のメインテーマとでも言うべき『ニュー・シネマ・パラダイス』を映画館で観ている登場人物の感動を想像しながら、入れ子のように、自分がこの小説を読んでいる感動を「ゴウ」と同じくレビューにしたい、という思いが、気付けば膨らんでいた。

ニュー・シネマ・パラダイス [Blu-ray]

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率直すぎる展開にまんまと引き込まれてしまった。でもそれは当然のことながら、心地よい感動だった。

それにしても『ニュー・シネマ・パラダイス』って本当にいい映画ですよね。一体どれだけの人の、”一番好きな映画”の地位をキープし続けているんだろう。

本という形がやっぱりいい!

そもそも私は「大団円もの」に弱くて、ハッピーな盛り上がりやフィナーレにすぐ涙してしまう。古くは『天使にラブソングを…』から『ラブ・アクチュアリー』のような映画は、涙なしでは観れない。

天使にラブ・ソングを… [Blu-ray]

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ラブ・アクチュアリー [Blu-ray]

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だからけっこう単純明解なこのストーリーに涙してしまった。


たまには文学じゃなくても、いいのかもしれない。何より、たった数時間でもスマホを放り投げて書籍に噛り付いたのは久々だった。

久しぶりに映画館で映画を観るのもいいな。

この本を読めばきっとそう思うはず。

おそらくこの小説に出てくる名画座のモデルとなっているであろう(と勝手に思ってます)、飯田橋のギンレイホール。実は昔一年間だけ会員になって、何度か足を運んでいました。家が遠くて断念したけれど、飯田橋や神楽坂近辺に引っ越したらまた会員になりたいな、と密かに目論んでいます。年間一万円で「ギンレイ・シネマクラブ」の会員になれて、映画が見放題。この小説と同じく二本立てで常に上映しており、二週間ごとに上映作品が替わります。ラインナップはちょっと渋いですけどね。
飯田橋ギンレイホール
過去の上映作品一覧 | 飯田橋ギンレイホール


私は映画を観るのがあまり得意ではなく、一年に何本かというレベルなのだけれど、映画を映画館で観るってたしかにいいよな、としみじみと感じた。

と同時に、

やっぱり”本”という形態で読む小説が好きだ。これは替わりのきかないものだ、と痛感した。映画館で観る映画がDVDや配信と違うと言うのなら、紙の本で読む小説はKindleやiPadの電子書籍とは違う。

紙の本と電子書籍の差は、映画館とDVDの差ほどは大きくないのは承知だけれど。

本という形…時々本屋のカバーを外して表紙をマジマジと眺めてみたり、作者の経歴を思い出したように読んだり、いまどの辺りまで進んだかなと小口をパラパラめくってみたり、クライマックスを読むともなしにすこし覗いてみたり…という全ての手触りが、本を本たらしめていると思うのだ。

その形はコンテンツだけを切り取って成立するものではないはずだ。

改めて、アナログに、本を読み続けようと思った。

手触りと質量の存在する“形あるもの”に、私は執着したい。

次に読みたい原田マハ

MEMO


ちなみに原田マハさん、数度の転職を繰り返し、学業にも積極的、森ビルやら美術館関係やらエネルギッシュに働いてきた人のようで、さらに作品リストを見ると非常に多作な人ですね。もともと作家からのスタートじゃないから逆に、仕事としてどんどん書くことに慣れているのかな。いや本当に、よくこんだけ書くなぁと…。覇気のある人というのは何をやっても力強いんだろうな〜なんて、思いました。
Naked Maha | 原田マハ 公式サイト

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